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2017年04月27日
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必然性と意匠の彼方に

2010年07月02日
 多くの詩人は、何らかの必然性を持って詩を書いている。つまり、このテーマについては書きたい、この体験は書きたい、そういった、内的な必然性に従って詩を書いている。一方で、その必然性によって生み出される言葉は何らかの意匠に従っている。この意匠は、たいてい先行する詩人の影響を受け、詩の世界でよいものだと認知され、なおかつ詩人の個性にも由来するものだ。必然性のみで生み出される生のままの言葉は詩としての体裁を成さない。かといって意匠の快楽によってのみ書かれる詩には説得力や存在意義が乏しい。だから、詩人は必然性と意匠の間で揺れ動くことになる。

 ところが、この必然性と意匠との間の葛藤がひとつの次元で完結しまっている詩人を多く見かける。つまり、必然性や意匠が発展していかず、自己模倣や他者模倣を繰り返しているのである。そういう詩人を見かけるとき、そこにその詩人の限界が見てとられる。その閉塞性を打破するためには何が必要か。

 そこで必要となってくるのが思想やコンセプトである。つまり、詩とは何か、詩とはどうあるべきか、そういう問いに対しての理論的な説明である。これは、必然性と意匠のかなたにあり、なおかつ、必然性を変貌させ、また意匠を変貌させることができる。多くの詩人が陥りがちな自己模倣や他者模倣の閉塞性を打破するには、その詩人が、詩とは何かということを反省しなければならない。

 例えば、刹那的な感受性のみを詩に固定していた詩人がいたとする。ところがあるときその詩人がひどい絶望に襲われ人生に沈潜したところ、人生こそが詩の源泉として面白いのではないかという思想を抱いたとする。すると、その詩人にとって詩を書く必然性は変わってくる。人生を描きたい、そういう必然性に従って詩を書くようになる。また、その際彼の取るべき意匠も変わってくる。人生を描くためにはいかなる意匠をとったらよいか、そういう思考に従って彼の意匠は変わる。

 必然性と意匠とが一つの次元で閉塞してしまっている詩人に必要なのは、その対立軸の彼岸にある思想やコンセプトという動因だ。それが必然性や意匠を変質させ、詩人を閉塞状態から救う。
(広田)
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