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2017年07月23日
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調和

2011年10月21日
調和
       広田修



 
 孤独というものは私の中の腫瘍のようなものだが、それが私の目に付くようになったのはいつの頃からだろうか。私が幼い頃にも孤独はあった。孤独の種があった。孤独の種というものは、母の孤独が、胎児の私の骨格に蒔いたものなのかも知れないし、世界中の他人が一大同盟をなし、私の臓器に大々的に埋め込んだものなのかも知れない。しかし、所詮種にすぎぬものは私の目には触れない。これは種が小さいからというより、むしろ種が自らを闇で包み込んだのだ。種においては、自分の存在を知らせまいという、優しさと残酷さが両立していた。孤独の種の中にはすべてが含まれていたので、種自身は何物でもなかった。ただ、現在の私の照明力によって、ゆがめられ限定されて、何物かであったように思われるのだ。
 孤独の種がどのように生育していったのか、私はうすっぺらい記憶を手繰って明晰な筋道を見出したいと思うのだが、記憶というものは今にも散り落ちそうな枯葉のようなもので、しかも薄闇にまぎれて輪郭を溶かしていると来たものだ。私は頭脳を緊張させ重くするのだが、孤独の種と生育した孤独との間に浅く深く刻まれた断絶を、時間軸の上にうまく載せることができない。………
 

 
 孤独というものは私の中の永遠のようなものだが、それが私の目に付くようになったのはいつの頃からだろうか。私が幼い頃にも孤独はあった。孤独の核があった。孤独の核というものは、母が自らの孤独から精製して私の未分化の延長へと手向けたものなのかも知れないし、世界中の他人が一大同盟をなし、私の時間軸の尖端に絶えず更新されるものとして突き刺したものなのかも知れない。しかし、所詮核にすぎぬものは私をむしばむことはできない。これは核が純粋すぎるからというより、単に核が実働するための手足を持たないからである。核においては、実働のための手足が接続しうる地点同士が、その接続の権利をめぐって争っていた。孤独の核の中にはすべてが含まれていたので、核自身は何物でもなかった。ただ、現在の私の切断力によって、ゆがめられ限定されて、何物かであったように思われるのだ。
 孤独の核がどのようにして実働のための手足を獲得していったのか、私はうすっぺらい記憶を手繰って筋道の起伏を見出したいと思うのだが、記憶というものは無を追い続ける鐘の音のようなもので、しかも生命に干渉されて輪郭を溶かしていると来たものだ。私は頭脳を緊張させ重くするのだが、孤独の核と実働のための手足を獲得した孤独との間に刷り込まれた色彩を、時間軸の上にうまく載せることができない。………
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