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2017年09月20日
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「輝」のかたち

2011年10月21日

「輝」のかたち
               広田 修
 
「光」
 
上下を分かつところに悔恨の流れがある。黒河として光線を洗い、押し黙った羽根を浮かせて伏流する。巧まれた鉄粉の渦巻きが流れに穴を泳がせている。鉄によって傷つけられたきらめきの連祷。その流れへと虫たちの道が垂直に衝突している。道はいつまでも長引き、その度に遅延の密度を登記する。道の両側を線描するのが哀悼の大樹である。大樹は濡れ始める夕暮れを通過して、人々の視線を生産する。葉を赤らめて、樹皮から垂れる距離を刈り込む。流れの彼岸では二つのシグマが落ち始める。左側のシグマは水に掘られた横穴で、冷気を畳む音にかぶさっている。途中から左へ少しだけ作文する。右側のシグマは乱視である。消えた文字たちと衝突して右上方へと表音する。
 
「軍」
 
円陣から削がれた箱が忘却線を信仰する。車を歪み叩いても色彩は回転を灯すことはできない。神々の先端が箱の中へと射してくる。中心を梨の実が垂直に昇り、悼み箱を少しだけ照らし撃つ。梨の軌道が流れ始める瞬間を神々が貫く。光が板となって静寂の沸騰を浴びる。板には様々な色相が溜まり、箱の形貌を振り落とす。中央の日は、枝々にイオタを録画して時間軸に沈む。イオタの連なりを一つずつ裂くと、そこからミューの房がなだれ出る。光の板から日へと運動が降る。日の上下を分かつところに運動が縛り込まれる。日を隔てて箱の影が凍るところに線状の炎が倒れている。炎は時折広がって文字の重さを濾過してしまう。
 
「輝」
 
「光」と「軍」は、隣り合うだけでなく、溶け合い、混じり合い、重なり合い、貫き合い、構成し合う。「輝」はそれらすべての関係を便宜的に隣接関係で代表させているに過ぎない。
 *
悔恨の流れの底ではイオタが産卵している。流れの表面は次の表面へと小さな角度を遺してゆく。日は散らばる境界線を集めて虫たちの道を区切り直す。道の上には空気の道が幾重にも積まれ、それぞれの方位が溶け合う場所を探している。光で重くなったひもの数々が哀悼の大樹へと滑り込み、大樹の年輪を引き抜き始める。二秒後の梨の実の空間はすでにシグマに占拠されている。梨の実からシグマへと降るシグマから、さらにシグマへとシグマが降る。線状の炎がひとつの方角になるとき、鉄粉は様々の湿度になる。湿度が方角を持つとき、そこではミューの果肉が閃々とくしけずられる。「輝」は光軍し、軍光する。軍の要素同士が擦過するところに光は噴き上げる。光が切り出される海において軍は結露する。/かσがιやμき/の兵士の汗は、光の筋を逆立て続けた。
 


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